骨が押されるような喉の痛みがある。しかし、原因がわからない。
・特別なパートナーが急にいなくなった時
・話すことに自信がない時
・自分のことを話す時
私の喉の痛みは、こんな時に感じられた。
この痛みは、気がついたら始まっていた。ちょうど感染症が流行り、外出自粛が続く時期のことだった。一日を通して誰とも言葉を交わさないのに、喉が押されるように痛い。ジンジンとする痛みだった。
しかし、それは一冊の本と出会いで緩和されることになる。その本は、「フォーカシング」という心理療法について書かれた入門書だった。
この記事では、そのフォーカシングについての一冊の本を紹介したい。
この記事はアフィリエイト広告を含みますが、読者の方に役立つ情報と私の体験をもって本の所感をお伝えすることを優先しています。

同じ悩みの体験記に安堵する
喉の痛みについては、インターネットで症状を検索をしたことがある。
しかし、類似の症状を訴える記事はヒットしなかった。ヒステリー球の記事紹介はヒットするものの、なんだかしっくりこない。通院しても、痛みの原因はわからなかった。
そんな時に出会った本が、『やさしいフォーカシング ~自分でできるこころの処方~ (著:アン・ワイザー・コーネル氏)』だった。
この本のはじまり、第1章に描かれた少女の症例は、まさしく私と同じだった。
第1章の冒頭では、ジェニーという少女が登場する。そして、「自分のことを話そうとすると、喉が詰まって苦しくなる」と訴えるところから、ストーリーは始まるのだ。
ジェニーの症状は、文章上では”喉が痛む”とは描かれていない。しかし、「自分のことを話すと、詰まって苦しい」という表現は、私自身とても共感できる感覚だった。
同じ症状に悩む人がいた。
それを知っただけでも、心が軽くなったことを覚えている。同じ症状に悩む人と出会うことで、救われることがある。だから私は、この本を紹介したいと思ったのだ。
自分を信じることの必要性
この少女・ジェニーとの出逢いに戸惑いと興奮を感じながらも、読み進めてみる。
この本は、海外の書籍を日本語訳にして出版されたものだ。そのため、文章表現には日本人とは異なる文化や感覚の違いが多く感じ取れる。
フォーカシングは、自分の身体感覚に意識を向け、自分のこころを感じるための技法だった。心を感じたら、その感覚を言語化し、そして自分と対話してみる…といった具合だ。技法を自分でも試してみるが、慣れない感覚に「これでいいのかな」と頭で考え始めてしまう。
本には、フォーカシングの具体的な手順やヒントが示されている。しかし、一番難しく思えたのは、自分の感覚を信じられないことだった。
流石なことにこの本には、自分を信じられない感覚についてもガイドが記されており、個人的にはたまに読み返したくなる助言が書いてあった。
「それは、考えてもしょうがない。」
アドバイスは、ざっくり言うとこんな感じだ。助言としての良し悪しはわからないが、個人的には納得できた。なぜなら、感覚の正解は自分で決めるしかないからだ。自分の心の正解は、自分にしかわからない。
そう思ったら、考えてもしょうがないことに頭を使う必要もないように思えた。
この本では、幅広い切り口でフォーカシングのFAQが紹介されている。例が多いので、気になるところを必要な時に読み返すのも良いと思う。
フォーカシングの習得について
日本人は、自己主張が苦手と言われている。自己感覚への鈍感さは、この文化的な背景にもあると思う。
フォーカシングの感覚を掴むには、自分で試すことを繰り返してみるしかない。フォーカシングの良いところは、誰でも、いつでも、お金をかけずに試せることだ。
私は結局、この本を読み終えた後もフォーカシングを習得できていない。オンラインのワークショップにも一度参加してみたことがあるが、正直なところ感覚は掴めずに終わった。
しかし、この本との出会いをきっかけに、少なくとも身体感覚へ目を向けるようになった。
喉が押し潰されるような痛み以外にも、他者から敵意を感じるとこめかみが凍るような緊張感覚があることに気がついた。
こめかみの緊張感については、症状が出た時にその感覚を意識することを繰り返すうちに、気がつけば症状が出なくなっていた。自分との対話まで至らなくとも、まずは自分が感じている「何かしらの状態」に気がつくことが大事なのかもしれない。
偶然が教えてくれたこと
さいごに、私とこの本との出会いを紹介する。それは、自分でも不思議なくらい偶然の連鎖だった。
私は当時、フォーカシングのことは全く知らなかった。朝のラジオで傾聴に関する配信コンテンツを聞いている時に、たまたま『フォーカシング』の話題が出てきたのだ。そして話に関連して、この本の著者であるアン・ワイザー・コーネル氏の名前が挙がっていたのを覚えている。しかし、フォーカシングの話もサラッとした紹介だったので、さほど印象深いものではなかった。
その日の午後、私はふらっと古本屋へ立ち寄った。その本屋は、日常的に行かない店舗だった。近くを通ったついでに立ち寄っただけの、本当に偶然の機会だった。
そこで、『フォーカシング』と名のついた本が1冊、目に留まったのだ。
私はその本を見つけると、すぐにページをペラペラとめくり、冒頭部分を読んでいた。第1章に登場するジェニーの話には、なんと自分と同じ症例が書いてあるのだ。自分の胸が高鳴るのが分かり、この本をすぐに購入した。
この偶然には感動した。フォーカシングとの出会いは、私に心の声を伝える導きだったのかもしれない。
さいごに
スピリチュアルを説くつもりはないが、この記事に出会ったあなたにも、ぜひ偶然をつないでいただきたいと思う。この出会いが、明日を変えるきっかけになることを祈る。
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